【秋空の雪/1】


それはリクオが十三歳の誕生日を迎えてから数日後のことである。
 夜のリクオと昼のリクオ、二つの人格を持つ孫を案じ、祖父ぬらりひょんは奴良組総大将の座を譲るに当たって、二人を別々の体に分けたのだ。
 夜のリクオを妖怪を纏める三代目総大将とし、昼のリクオを総大将補佐兼参謀としたのである。いわば二大巨頭が並び立つ形となり、奴良組の繁栄は約束され たかに見えた。
 そんなある日、夜は部下となった側近達を密かに部屋に集めると、明かりの揺らめく部屋で一同の顔を見回したのである。
「みんな言い渡した通り、昼にはばれずに集まったな?」
「はい」
首無が全員を代表して答えた。
「それは注意をしましたが、一体参謀の昼若様に内緒で作戦会議とは何事でしょうか?」
不安げな一同に夜はにいっと笑った。
「俺はこの前三代目に就任した。そこでお前達から祝儀をもらいたい」
「祝儀ー?」
と側近達は目を丸くした。
「お金やお祝い品ですか?」
尋ねる黒田坊に夜はにやりと答えた。
「たいしたもんじゃねえ。祝儀に俺と昼のデートをセッティングしろ」
その言葉に首無がくるりと側近達の方を振り返った。
「無理だと思う人?」
毛倡妓とトサカ丸と河童が手を挙げた。
「努力しても無理だと思う人?」
青田坊黒田坊、つらら、黒羽丸、ささ美が手を挙げた。
「夜若様、三対五で『努力しても無理』との意見になりました。お諦め下さい」
「なんでだよ!?つか無理しか決をとってねえじゃねえか!?」
それに首無は驚いたように叫んだ。
「それではまるで不可能以外の選択肢があるとー!?」
「いや、ないわけねえだろ!?デートだぞ!?別に誰かを殺れとか出入りを命じてるんじゃねえんだぞ!?」
「出入りや抗争の方が余程楽勝です。勝てない戦いの策を練るとは、まだまだ修練が足りませんね」
ふっと息を吐き出す首無に夜は思わず肩を震わせた。
「おーまーえーら〜俺の気持ちは知っているだろうが!?」
それに首無は浮いた首を縦に振った。
「よく存じています。明鏡止水で昼若様の学校にストーカーして黒板消しを目の前ではたかれたり、夜這いをかけようとして部屋の入り口にネズミ取りの粘着シ ートを一面に張り渡されていたり、終いには夕飯に睡眠薬を入れられたり…ええ、最早涙なしには語れませんとも!」
全員が目にうっすらと涙を浮かべて、うんうんと頷いた。
「そこまで悲惨な状態がわかっているなら側近として主の恋に手を貸そうとか思わんのか!?」
「悪いことは言いません。爆弾には触らないのが良策です」
「誰が爆弾だ!?」
「恋で身を滅ぼすおつもりですか!?無理矢理キスなんかしようものなら、あらゆる手段を使って報復されますよ!?」
「だから手助けしろと言ってるんだろうが!抱いて殺されるなら本望だが、今のままでは手を握っただけで八つ裂き寸前だ!」
「まあ、日頃の行いですね〜」
と首無はみんなの方を振り返った。
「どうする?みんな?」
「かわいそうです、夜若様」
とつららが氷の涙をこぼしながら答えた。
「まあ『努力しても無理』になったんだから努力ぐらいなら…」
と毛倡妓が答えた。
「あえて不可能に挑戦するのが男だ!」
と青田坊が叫んだ。
 首無がくるりと夜の方を振り向いた。
「では夜若様、『無理だけど努力する』に決まりました」
「だから最初から諦めさせるなって!」
思わず夜は叫んでいた。

「それでー何で俺達が呼びつけられるんだよ?」
 いつもの花のない草の茎をくわえながら、淡島は腕組みをして夜とその側近たちを睨みつけた。
 淡島の横では、同じく遠野から呼びつけられたイタク、冷麗、雨造、紫が頷いている。土彦も呼ばれたのだが、赤河童の用事で出かけていて来られなかったのだ。
「たかだかデートだろ?結婚式ならわかるが、なんで俺達の協力がいるんだ?」
「そんな残酷な夢を語るな」
と首無はぱしりと答えた。
「到達不可能な夢をみせるなどーお前たち夜若様の友人だろう!?」
「いや、お前こそ部下だろう!?何気にひどいこと言ってんじゃねえよ!」
「とにかく!お前達の役目は、淡島お前が黒田坊とデートすることになったとして、昼若様をWデートに誘うことだ!」
「はあ!?ちょっと待て!何で俺!?デートなら冷麗か紫だろ!?」
当然女性が指名されるべきだと、淡島は二人を指し示した。しかし首無は浮いた首を沈痛な面持ちで振ったのだ。
「黒田坊は女性に免疫がない。だからWデートの説得力があるんだが、万が一婦女子に血迷わないとも限らない。お前だって友人の身を危険に晒したくないだろう」
「ってか、デートも誘えないでデート行きたいってのが間違いだろう!?自分で堂々と申し込ませろよ!」
それに夜はふっと笑った。
「申し込むなら何度もやった。ただきっぱり断られただけだ」
「いや、その情けない内容でカッコつけるな!?なんだかこっちが悲しくなるだろうが!」
もうツッコミで息切れをしている淡島に代わり、雨造が横から笑って声を挟んだ。
「リクオーお前意外と情けないのなーじゃあ手紙でかけよ。オイラーが届けてきてやるからよー」
「手紙?」
と目を丸くする夜に、横で首無が答えた。
「いいだろう、やってみれば敵の手強さがわかる」
「なんか大げさ…」
紫がケホケホと咳こみながら笑った。
 夜が丁寧にしたためた手紙を持って、昼の部屋に行った雨造が帰ってきたのは十分後だった。
「リクオーよかったなー」
「OKか!?」
「五十五点だってーとめはねと誤字に気をつけましょうってー」
そう言うと雨造は赤ペンで添削された手紙を広げた。
「漢字が書けるようになってえらいねと伝えておけってー」
夜はこけた。期待しただけ落胆が大きかった。
「なるほど…一筋縄ではいかないわね」
冷麗が頷く側で紫も首を縦に振った。
 すると首無が携帯電話を取り出した。
「だからこういう時はー」
幾つかキーを押し、最後にメール送信を押すと暫くして着信音が鳴り響いた。
「こうするんです、ほら!」
画面には『了解。明日家の門で朝九時に』と書き込まれていた。

 翌朝、いそいそと黒のジーンズに黒の薄手の上着を纏った夜は物陰から見守る仲間達の目にも浮かれて、玄関を出た。
 門の前に昼はーいた。
 着物の袖に襷をかけ、白い長い鉢巻をつけた姿で祢々切丸を携えている。
「おい…首無」
思わず夜は問いかけていた。
「お前なんてメールを送ったんだ…?」
「明日、真剣にてつきあい願いたい。朝、門にて待つ。です」
「それはどう聞いても果たし状だー!!真剣の意味が変わっているだろうが!?」
「まあ、方法はどうであれ、呼び出せたんですから…」
「思いっきり、相手やる気だぞ!?」
「夜」
昼がにっこりと笑う声に夜は恐る恐る振り返った。爽やかな笑顔がこの上なく恐ろしい。
「僕と真剣で手合わせなんてーまさか負けたら夜這いとか要求する?」
ーそれはおいしい!
思わず夜はうなずきかけたが、後ろからした淡島の声で我に返った。
「おー、待たせてすまん!エロ田坊の奴が用意が遅れてよ!」
「淡島…?」
怪訝そうに昼は夜の親友を見つめた。
「実はこのエロ田坊から一日付き合ってくれと頼まれてよ。二人だけじゃセクハラされそうだから、二人で今日真剣に俺とつきあってくれと夜に頼んだんだ」
「なんだ…そっちの真剣か。仕方ないね、夜は九歳の時意識が目覚めてまだ中身四歳だし」
「そうそう!だからお前も付き合ってくれよな」
あやうく頷きかけていた夜は、淡島と黒田坊の助け船に心底ほっとした。

 着替えてきた昼と、珍しくジーンズにTシャツという出で立ちの淡島と長い黒髪を束ねた私服のビジネスマン風の黒田坊と夜と四人で、門のところでさてと顔を付き合わせていた。
「それで黒田坊と淡島はどこに行きたいの?」
その昼の質問に淡島は詰まった。
ー何も考えていなかった!
それに黒田坊が耳に当てたイヤホンから首無の声を傍受していた。それをそのまま口に出す。
「人並みにデートコースで」
「へえ?二人デートなんだ?」
意外そうに大きな茶水晶の瞳で見上げる昼に、淡島はうろたえた。
「いや…そのっ…」
ー違うと言えないしどうしろと言うんだ!
「といっても、僕もデートなんかしたことないしなあ〜」
と昼は地図を見ながら考え込んだ。
「名所などどうでしょう?」
「名所ねえ…」
黒田坊の言葉に昼は地図を見つめた。
「じゃあ青山霊園に将軍家の墓所があるという寛永寺で」
「なぜ墓巡り!?」
「だって妖怪の名所といったら、墓地や怪奇スポットじゃないの?」
たまらず淡島が叫んだ。
「普通の!普通の観光名所!いくら妖怪でもデートで墓巡りってどんなコースだよ!?」
「うーん、普通ねえ…」
「若、映画などはいかがでしょうか?」
イヤホンからのアドバイスに従い発言した黒田坊に夜が同意した。
「賛成!映画に行こう!」
暗闇の中で二人きりー夜の頭の中には、部下のことも友人の影もなかった。

 シネコンに行った四人は並べられたポスターを前に考え込んでいた。
ーデートなんだよな…?
ひそっと淡島は黒田坊に耳打ちした。
「おい、こういう場合何を勧めるべきなんだ?」
「定番としては、抱きついてもらえるホラーか雰囲気の盛り上がる恋愛映画らしい」
「リクオに恋愛?似合わなくて笑えるぞ」
「ホラー怖がるとは思えませんねえ…」
二人は少し相談して、よしと決めた。
ー取り敢えずデートを成功させることが第一だ!
淡島があるポスターを指し示した。
「リクオ!この『人類滅亡計画』にしようぜ!」
「若、この『任侠の女達』はどうでしょうか?」
「どっちもだめ」
あっさりと昼は告げた。
「えっ…じゃあ、何がいいんだ?」
「やっぱりポケモンかプリキュアかな?」
「え!?」
ー何故アニメ!?
「夜はどっちがいい?」
振られて夜は慌てた。ここはやはりロマンチックな雰囲気に持ち込みたい。
「お、俺はほかの方が…」
「じゃあドラえもんだね」
「何でアニメ!?」
たまらず夜は叫んだ。
「え?だって夜は中身四歳だし…」
「ああ、じゃあアニメですね」
と黒田坊は頷いた。
「アニメだな」
と淡島も頷き、四人は仲良くドラえもんの四次元ポケットを鑑賞した。
 もちろんその間中、夜は涙目だった。

 映画館の前にいたトサカ丸から連絡が入り、双眼鏡を構えていた首無は軽く唸った。
「予想はしていたがーミッション・ワン、失敗だ」
うーんと後ろで冷麗と毛倡妓が唸った。
「淡島を選んだ時点で色恋と無縁よね…」
「黒田坊もね…」
「だが次こそは成功させる!奴良組と遠野が組んで敗北したとあっては若に会わせる顔がない!」
「敵はその若の一人なんだけど…」
ひきつりながらの毛倡妓の言葉にも首無は動じなかった。